Advertising
何となく気持ちはわかる。
人を信じずに傷つけてきた男、フランソワ。
フランソワは仕事仲間から「誰もお前の葬式に来ない」と言われて腹を立て
そんなはずはないとジタバタジタバタ。
たぶん”友達がいないことがみっともない”という理由で。
もしくは純粋に賭けに勝つために。
フランソワは賭けを通して
自分が人を人とも思わぬ人間であることを知り、
反省し、友人を手に入れる。
映画だからハッピーエンドだったけど、
現実ならその先にあるのもまたイバラの道。
だいたい、周りの人たちの怒りの種が
「友達になりたいと思っているのにフランソワが友達の何たるかを考えてもくれない」
と言う時点で、フランソワはずいぶん幸せ者だと思うわけ。
人はいろいろな要素からできていて
そんなに簡単に変わることはできないし、
現実世界では受け入れてくれる人が身近にいるとは限らない。
きっとまた傷つける。
そして失い反省する。
ありえない。
なにがって最後のハッピーエンドが。
国の、風習の違いは認めて乗り越え無きゃいけないかもしれない。
だけどフランス女とアメリカ男の間の文化の違いを
解りやすく極端に表すために設定された
あの二人のキャラクターでそれをするのは。。。
最後二人がくっつかなければ悪くは無かった。
よくも無いけど。
二人を分かれさせて
"こうなる前にもっと大人になりましょう"的な結びにするってのはどうだろう?
パリで暮らす3人の女の子のお話。
いきなりはじまるミュージカルも交えたポップで明るいお話。
私はこの映画のルイーズのファッションが好きです。
一時期はやった"フレンジカジュアル"ってやつです。
エンゾ・エンゾがライブで歌うシーンがあり、個人的にうれしい。
この映画の舞台は核戦争終了15年後のパリ郊外。
そして食肉加工店でのお話。
私が食べ物の映画とフランスを舞台にした映画が好きです。
ですが、無理!
ブラック!!グロ系!!!
途中で見るのをやめてしまいました。
ブラック系映画が苦手な人はパスしてください。
バティニョールおじさんでかわいさ全開だった子役が肉襦袢を着て登場。
映画に出てくるお菓子やお料理ってついつい食べたくなるのだけれど、
彼の顔ほどもある大きなメレンゲには心惹かれませんでした。
東京ではあのサイズのメレンゲを探すことが出来なさそうだし。
小さな子供の小さな冒険物語。
定番ですが、ほのぼのします。
一番印象に残っているのはロンドンで子供たちを助けてくれたパンクなおばちゃん。
映画が終わるまで彼女が木の実ナナに見えて仕方が無かった。
ガイドブック代わりにフランス映画をチェック中。
バカンスから帰ったら猫がいなくなっていて、
探しているうちに少しづつ自分自身が変わり始める
猫が見つかった時から少し違う毎日が始まった。
再開発が進んでいくバスティーユ界隈の様子。
追い出される住民、取り残される老人。
新しく出来る町並みに魅力を感じる新しい人
ゲイと暮らすもてない女。
だけど知的障害者は言い寄られ、
最後にはちょっと希望の光。
街は変わるもの。
悲しむ人もいるけど喜ぶ人も。
バスチーユ界隈は初めて言った旅行についてた
半日観光で通っただけ。
一度ちゃんと歩いてみようか。
目的地をストラスブール、コルマール、アルザスワイン街道の村に決めた。
で、調べてみたらコルマールはハウルの動く城のモデルになった街らしい。
そのおかげもあってか情報収集はスムーズ。
でも私はハウルの動く城を見たことがない。
うーん。
別に見なくてもいっか。
子供の頃母親に捨てられたロバンソンと同居人の妻に逃げられたガスパールの話。
二人とも捨てられたもの同士だが、ロバンソンは家族と愛にあこがれ、ガスパールは家庭にはうんざりと言う。
二人は海辺の廃屋に廃材を集めて修理をし、レストランの開業を目指しながら、夜は度々人の家に忍び込んで食料を盗み食いして生活している。
南フランスの海辺に捨てられたおばあさんをロバンソンが拾ってくるところから物語が始まり、そしてロバンソンは子持ちの未亡人に恋をする。
海と砂浜と緑が美しい海辺に、南フランスらしいカラフルでポップな色の椅子が並ぶ。
二人の男とおばあちゃんの奇妙な共同生活はおとぎ話のよう。
ロバンソンのまっすぐな優しさと、ガスパールの不器用な優しさが温かい。
夜、人の家出の盗み食いシーンでの、子供のようにはしゃぐ二人のシーンはとても無邪気。
幸せな気持ちになれる物語。
雑誌フィガロ主催の試写会のシネマの休日で観た映画。
無知で間抜けな子供男と、大人になりきれない女の間に子供が生まれたところから物語が始まる。
主人公たちのあまりのバカっぷりに、胸糞が悪くなる。
実際途中で退席する客もいた。
その場の面白おかしさのために迷惑行為や犯罪に走る人や、理由も無く目的を見失った人になら共感できるだろうか。
バカな男に”自分がいなくてはだめなんだ”とハマる女性も共感できそうだ。
しかし、共感するだけでは救いがない。
ラストシーンでは主人公の男が救われたかのように見えるが、きっとまた繰り返すだけだとさめた気持ちになる。
自分の愚かさに気づくだけでは自分を変えることは出来ない。
無条件に自分を受け入れてくれる存在は必要だが、何でも許すだけの存在では意味がない。
富裕層と貧困層がはっきりと分かれている欧米。
この映画の主人公たちも貧困に生まれ、まともな教育を受ける機会が無く、社会に居場所を失い生きている。
日本にだって貧困はあるし、社会に居場所が無い人々もいる。
しかし、貧しくとも六畳一間にフェラーリに代表される分不相応な豊かさに隠され、社会に居場所が無くとも両親に寄生することで、内に奥に隠れてしまう。
当て所無くとも淡々と、人と関わり生きていく主人公達のほうが未来に希望があるかもしれない。
いつも同じサンドイッチを立ち食いし、インスタントコーヒーをガス湯沸かし器のお湯で入れる。
食事の貧しさは心の貧しさの象徴だ。
アコーディオンの無邪気な音楽とキャンディボックスのような映像がかわいらしい映画。
この映画を見た後はしばらくクレームブリュレにはまった。
色調が強めに表現された映像で見るブリュレのパリパリ&クリーミーな感じがたまらない。
内容はというとブラックだ。
心温まるエピソードもうまくいかなければただのタチの悪いいたずら。
いたずらどころか冷静に見ると法律的に駄目。
駄目なのだが(駄目だからこそ?)面白い。
アメリのいたずらは誰かの幸せのためにある。
いや、愛があっても駄目なことは駄目なのだが、いいではないか。おとぎばなしなのだから。
とにかく幸せな気分にさせてくれる映画だ。
フランス旅行の計画、写真、反省、次回の計画。そしてエンドレス。
